三十両

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変質する家族
昨日という日は、間違いなく僕にとっての重大なターニングポイントであった。
しかもそれは今後の50年間の人生を規定しうる、なおかつ修正不可な類のものである。

それは理系文系の進路選択のときにも感じたことであったし、
初めてメガネをかけて登校したときにも感じたことである。

その後の長い時間を縛るものという意味で重要なようにみえて、どうあがいて考えても結局のところ未来は不可視であるという意味において重要でなく、
他人から見ればどうでもいいことという意味で重要でないようにみえて、カオス理論の観点からすればとてつもなく重要なことである。

昨日は僕にとってそういう類の日だったのだ。

はたから見れば本当にどうでもいいささいなことだ。
「僕はとある事情でうちに泊まりにきたお兄ちゃんと、昨日初めて二人きりで鳥海山で飲んだ。」
文章にすればそれだけのことだ。
何もたいしたことはない。

ただ、昨日、僕とお兄ちゃんとの関係は確実に変化した。
「家族との関係が変質した。」
と書けばそれがいかに大きな事件であったかがわかることと思う。

僕はずっと小学生のときの僕のままで、
お兄ちゃんや母さんや父さんはずっと小学生のときの僕にとってのそれの関係のままなのだと思っていた。

お兄ちゃんは僕に恋愛話などしないし、
母さんは僕と二人で酒を酌み交わして本音を交えた会話をしようとなどしないし、
父さんは僕に不安をうちあけたりしないと思っていた。

昨日までは。

つまりは僕はオトナになりつつあるのだろう。
与えられ続けるひな鳥のままではいられなくなってしまったのだ。

カオス理論の世界では、北京でガチョウが羽ばたく風が台風となってカリフォルニアに上陸するそうだ。

昨日は僕にとってそういう類の日だったのだ。
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