三十両

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天然コケッコーを追った日
―――7月28日、18時15分。

新宿の街は夏祭りのムードに染まり、
土曜日、肩が触れ合うほどに混み合った歩道を行く人たちは、
ところどころで配られている広告入りの団扇をひらひらさせながら、
蒸した暑さすらも楽しんでいる様子であった。
おりしも、その日は「新宿エイサー祭り2007」というイベントと重なったらしく、駅前の通りを沖縄の伝統舞踊が行きかい、三線と太鼓の音はビルディングに反射して、ヒートアイランドを天然のライブハウスへと変えていた。
そんな喧騒を横目に、新宿武蔵野館1番ホール前には100人強の人だかりが出来ていた。席数150ほどの小さなホールに入るために、整理券が配られたのだ。というのも、その日は、ある映画の公開初日であり、監督による舞台挨拶が控えていたのだった。

天然コケッコー
『いつもポケットにショパン』でも有名な漫画家くらもちふさこの原作を、
『リンダリンダリンダ』の山下敦弘監督
『ジョゼと虎と魚たち』の渡辺あや脚本で映画化した作品だ。
生徒数わずか七人の学校を舞台に、主人公の女の子、右田そよと、東京から転校してきた男の子、大沢広海を中心とした人間関係を叙情的に描いた作品だ。

「―――整理番号51番から60番までのお客様、どうぞ。」
自分の整理番号が呼ばれた。
ホール内は鳥肌が立つほどにクーラーが効いており、
私は朝から下し気味だった腹を押さえながらも、
周囲の会話から観客の映画に対する期待の高さを感じ、
それに鼓舞されるようにしてかすかな興奮を覚えていた。
程なくスタッフにより舞台挨拶にまつわる諸注意があり、
本編が始まった。



―――井戸水をミネラルウォーターで希釈したような清潔感をもった映画だった。
田舎の穏やかさ、不便さ、ひなびた老人のにおい、保守的な固定観念、思春期の敏感さといった、どこか泥臭い成分が、研ぎ澄まされた演出や、説明しすぎない脚本によって、薄められ、あるいは変質して、天然コケッコーらしさともいえる雰囲気を作り出していた。

そして、終盤。

エンディング前の一切音のない長回しのシーン。ホール中がひっそりと静まり返り、誰もが息をひそめながら沈黙の心地よさを味わっていた。

・・・・・・・・・

・・・・・・・・・

・・・・・・・・・

・・・・・・・・・どっどっどっどっ♪

スローテンポのバスドラが静寂を破り、
くるりの『言葉はさんかくこころは四角』が流れ出した。
不思議なことに、その瞬間、たった二時間のつきあいでしかない村の風景や人物に、私はノスタルジーを感じていた。物語が終わることに寂しさを覚えたのは、久しぶりのことだったので、驚いた。
それだけ、いい作品なんだと素直に思えた。


―――上映終了後、山下敦弘監督、小川真司プロデューサー、根岸洋之プロデューサーらが登場して、撮影の裏話を語ってくれた。

「昨年の夏に二週間ほどと、秋にまる一ヶ月かけて、二回にわけて島根で撮影を行いました。夏と秋で変わっていることは多かったんですが、夏の撮影が終わった時点で、しげちゃんの役(郵便局の職員、映画でも登場回数が多い濃いキャラクター)が決まっていなくて、東京に戻ってからオーディションを繰り返しました。多くの役者さんが、しげちゃんを良い人のように演じる中で、廣末さんだけが、しげちゃんをこわく演じていて印象的だったので彼に決定しました。
また、子どもが主人公なので、夏と秋の短期間の間にも体が成長してしまって、同じ服なのにすそが足りなくなったりしましたね。
(とあるシーンでは、)さっちゃん(学校の中で一番小さい子ども)の、歯が抜けてしまったので入れ歯をいれているんですが、よく見るとその様子がわかると思います。

(映画ならではのこだわりは?と尋ねられて)
そよと広海のキスシーンはそのまま撮ると決めていました。
あとは、最後の教室の長いカットは映画でしかできないことだと思っていて、自分でも、このアイディアを思いついたときには、これはいいな、と思いましたね」

その後、観客との質疑応答の時間を作ってくれたので、
私は思い切って口火を切って、くるりの曲が決まった経緯について質問してみた。

「くるりというアーティストは最初からすっと出てきました。
シナリオをみせて依頼をしてみたのですが、岸田さんが曲が作れない状態だったらしく、ずっと向こうサイドからは、無理です、と言われていましたが、ある日、帰り道でふと思いついたらしく、曲を作っていただけることになりました。
くるりには映画も気に入っていただけたみたいで、実際に島根にも行ったみたいです。映画自体も三回も見てくれたらしいです。」

その他、監督みたいになるにはどうしたらいいか、という質問に対しては、
「監督は将軍型とバカ殿型があって、私は典型的なバカ殿型です。
頼りないから、周りがどうにかしないといけないと思って、頑張ってくれる。
私みたいになりたいなら、自然体で、ひょうひょうとしていればいいと思います。」
と、苦笑しながら答えていた。

最後に、
「映画は説明が少ないので、何度も見ていくと、そのたびに気づきがあります。別に4年後でもいつでも、かまわないから、ぜひ、くるりさんのようにこの映画を三回見てみてほしいです。ありがとうございました」
三人の言葉をうけて、舞台挨拶は終了した。




―――舞台挨拶が終わって、劇場を出ると祭りの熱気もほのかに落ち着いていた。
今年のお盆は田舎に帰って久しぶりに中学校でも訪ねてみようか、と思った。
あのころの気持ちを天然コケッコーに重ねて。




※おまけ
舞台挨拶は撮影禁止だったが、
終了後、たまたま監督らが出てくるところに遭遇し、
お願いしたところ、一緒に写真を撮っていただけた。

山下監督ら


山下監督は天然コケッコーにも登場しそうな素朴な雰囲気をもった男性であった。
右の男性が小川プロデューサー、山下監督の後ろの男性が根岸プロデューサー。
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